2016年8月30日火曜日

ジャニーズ事務所の「社会的責任」その2


企業の社会的責任
企業の社会的責任(Corporate Social Responsibility)とは、以下のように定義される。
企業は大規模になるほど、株主の私的所有物から社会の所有物、すなわち社会的存在という性格を強める。このことから、企業は株主ばかりでなく、顧客、従業員、取引相手、さらには地域住民といった利害関係者の利益を実現することが求められるようになる。従って、経営者は企業をそうした社会的存在として運営していく責任、すなわち経営者の社会的責任を負っている。(後略)ー知恵蔵2015

「文藝春秋」2016年3月号によると、ジャニーズ事務所は「連結で年間七百億~一千億円の売り上げが推測される(経済専門誌記者)」という。松竹やグリーの2015年度の売り上げが950億円程度であり、上場企業であれば上位1000社に入る企業規模である。この規模の企業はとっくに「株主の私的所有物」の範疇を越えている。上場企業でなくとも、オーナーが「自分の会社だから自分の好きにして構わない」とは言えないのである。

以下、ジャニーズ事務所がいかに「顧客、従業員、取引相手、さらには地域住民といった利害関係者の利益」を損い、その社会的責任を果たすことを怠ってきたかを考えてみたい。


取引先企業への対応:レコード会社
SMAPが所属するレコード会社、ビクターにとっても「解散」は突然の発表であった。8月15日付デイリースポーツでは

SMAPの所属レコード会社「ビクターエンタテインメント」は14日、デイリースポーツの取材に「すでに発表されたこと以外、コメントできることはありません」とした。同社は17日まで夏季休暇中。「解散は夜中に知った」と話す関係者もいるなど、事態の急転ぶりが浮き彫りとなった。

8月14日付サンケイスポーツでも、「ビクターエンタテインメントの関係者は「解散は夜中に知った。(情報収集で)スポーツ紙を買ってきたところ」と寝耳に水の様子」と、所属アーティストの「解散」を突然知らされたビクターの混乱振りがうかがえる。

この「不義理」は今回だけではない。1月の解散騒動の時は親会社であるJVCケンウッドの株価が下落するという「被害」をこうむったビクターであるが、1月14日付スポーツニッポンでは、「ビクターの社員は「全員が報道を通じニュースを知ったような状態で、朝から社内は騒然となりました」と話す」と、この時もジャニーズ事務所からは事前に連絡がなかったことがわかる。

SMAPはデビュー以来25年の長きにわたってビクターの所属アーティストであり、実はSMAPにとっては「ホーム」とも呼べる存在である。(2001年に稲垣が、2009年に草なぎが謝罪会見を行ったのは、ジャニーズ事務所ではなくビクターの会議室である。)ビクターにとってもSMAP関連の売り上げは大きく、特に2016年はCDデビュー25周年を記念してベストアルバムや新曲、大規模なライブツアーやそのDVDの売り上げが見込まれていたであろう事は容易に想像がつく。

実際、1月13日付毎日新聞では

CDを販売するビクターの関係者は「グループの『分裂』は寝耳に水。今度の騒ぎは、デビュー25周年を記念した新曲やベスト盤も見据えていたところだったので、事態が収束してほしい」と語る。

この記事では「チケット代やCDなど音楽関連収入は100億円を優に超える」ともされている。もちろんそのすべてがビクターに入るわけではないが、ビクターにとっては25周年に向けての準備がすべて無駄になり、大きな売り上げ(2014年3月期のビクターエンタテイメントの単体売り上げは約174億円である)が消失しかねない事態であったにもかかわらず、ジャニーズ事務所からは何ら事前説明がなかったことがわかる。


取引先企業への対応:CM契約企業
SMAPの「解散」はSMAPメンバーをCMに起用している企業にも当然大きな影響を与える。「SMAPのメンバー」としてCMに起用したのに「SMAP」がなくなってしまうのでは、期待された広告効果があげられない可能性もあり、場合によっては事務所に違約金が請求されかねない事態である。さらに先述したように、解散発表後は明らかに事務所主導でSMAPメンバーのタレントとしての価値を毀損する報道が連日行われており、その意味でもCM契約企業は「被害」をこうむっている。

2016年8月14日付日本経済新聞では

メンバーをテレビCMに起用する企業の多くは、14日未明の突然の解散発表に戸惑いを隠さない。チーズのCMに香取慎吾さんを起用する明治の広報担当者は「今のところ情報は入ってきていない。夜中の発表だったので」と話す
と、CM契約企業にも話が通っていないままの突然の発表だったことがわかる。そもそも土曜の深夜に、しかも多くの企業が夏季休暇中にFax一枚で発表は、多くの一流企業を取引先に抱える企業としてありえない対応である。

CM契約企業に対するジャニーズ事務所の不義理は今回だけではなく、1月に起こった解散騒動でも同様であった。2016年1月20日付サンケイスポーツでは、「5人で出演するセブン&アイ・ホールディングスは「関係者からの連絡はないが、契約期間内は継続する」と回答」と、セブン&アイほどの大スポンサーに対しても、事前どころか事後にも事務所からは説明も謝罪もないまま放置されていたことがわかる。セブン&アイはSMAPをCMに起用していたのみならず、ビストロSMAPとのコラボメニューやコラボグッズ、セブンネットでのみ販売される限定盤CD、コンサートチケットの販売など、SMAP関連のビジネスは多岐にわたり、その経済的規模もかなり大きかったと思われる。解散「騒動」が起こっただけでもセブン&アイにとってのダメージは大きい。本来なら経営者がじきじきに謝罪と説明に出向くべき案件である。

その後2016年3月末までにSMAPがグループとしてCM契約をしていたセブン&アイとユニバーサル・スタジオ・ジャパンとの契約は更新されることなく終了した。事務所の公式発表に沿えば、この時点では「解散」どころか「グループ活動休止」の話も出ていない。1月の重大な「騒動」について責任者が謝罪も説明も行わなかった企業との取引が「リスク」として忌避され、契約が更新されなかった可能性は否定できない。(事務所側が契約更新に応じなかったとの噂もあるが、あくまでも噂レベルである。)

SMAPのCM契約料は1社あたり1億2千万以上とも推定されているが、事務所が失ったのはその契約料だけではない。宣伝会議 「AdverTimes」編集部が2016年1月22日と23日に広告主(スポンサー)と広告会社に対して行った「広告におけるタレント起用」のアンケート調査によると、SMAPの広告タレントとしての価値が「低くなった」と回答した人は62.8%であった。その理由としては「解散騒動によりタレントとそのグループが持つ個性ではなく事務所という存在が巨大なものとしてイメージ化され、そのインパクトがネガティブに捉えられている」という広告主の声や、「トラブルはなんであれ、企業のブランドイメージに直結します。また、今回の件は事務所における管理能力の問題でもあり、タレントだけではなく事務所についてもマイナスであると考えてよいかと思います」という広告会社の声が挙げられており、SMAPのブランドイメージのみならず事務所のブランドイメージの問題であることがわかる。

低下したのはSMAPの広告価値だけではない。「SMAPが所属する事務所の他のタレントの広告起用にも影響があると考えますか?」に対しては52%が「ある」と回答している。「事務所に対してネガティブな印象が強まった」「事務所のガバナンス、コンプライアンス能力に疑問を持つ」などの広告主からの声、また「タレント、並びに従業員の管理能力についての懐疑」などの広告会社からの声が挙げられており、ジャニーズ事務所の対応のまずさが、SMAP以外のジャニーズタレントの広告価値にまで影響を及ぼしている事がわかる。

「SMAPが独立しようとしなければそんなことにならなかったのに」という意見があるかもしれないが、それは違う。少なくとも1月の「騒動」は事務所が企業として当たり前の対応さえ行っていれば防げた事態であった。(そもそもその「独立」騒動が事務所経営者によるパワハラに端を発していることはここではさておく。)

1月の「SMAP解散騒動」は、1月14日発売の週刊新潮に「SMAP解散」についてのスクープ記事が載ることが明らかになったことから始まった。この記事はメリー副社長による飯島マネージャーへのパワハラなど、事務所にとっては不利な情報を含むものであり、それを知ったジャニーズ事務所がスポーツニッポンとニッカンスポーツに情報を提供し、事務所にとって有利な記事が週刊新潮の発売より1日早い1月13日に出ることとなった。

それを受けてジャニーズ事務所は同1月13日、「一部報道機関により、SMAPの一部メンバーの独立問題と担当マネージャーの取締役辞任等に関する報道がなされました。たしかに、この件について協議・交渉がなされている事実は存します」という公式コメントを発表した。

しかし普通に考えれば、ジャニーズ事務所がこのような発表を行う必要はまったくない。ただ週刊新潮を黙殺すればよかっただけのことである。これまで事務所が多くのスキャンダルに対してそうしてきたように、報道を抑え、何も反応せずに「なかったこと」にしてしまえばすんだことを、わざわざ「協議・交渉がなされている事実」を世間に向けて大々的に発表してしまったのはなぜだろうか。(そもそも「協議・交渉」中の案件を交渉の一方の当事者が勝手に発表するのは重大なコンプライアンス違反ではないのだろうか。)

そして1月18日のスマスマ生放送における「公開謝罪」である。誰に、なんのためにSMAPが謝罪させられているのかまったくわからない「謝罪」であり、放送直後から「下手なホラーより怖い」「公開処刑だ」「事務所の対応は最悪」という視聴者の声がネットにはあふれていた。この「公開謝罪」に対しては「パワハラだ」「無理やり謝罪させた」などの意見が放送倫理・番組向上機構(BPO)に約2800件も寄せられる事態となった。

この「公開謝罪」は、ただ経営者が「溜飲を下げたい」という「私欲」のために、本来は「公共の利に資する」ために使用されるべきTV放送を利用したものであった。タレントと所属事務所の間でどのようないさかいがあろうとも、それは内部で解決すべき問題であり、エンターテイメントが提供されるべき視聴者の目前で行われるべきではなかった。本来ならまったく必要がない「公開謝罪」は、SMAPとジャニーズ事務所双方のイメージを著しく傷つける結果しかもたらさなかった。事務所はマネジメントに「失敗」したのである。(さすがに学習したのか、8月の「解散騒動」においては、ジャニーズ事務所はSMAPメンバーは会見を行わないとしている。)

1月の「騒動」がなければ、SMAPは視聴者の気づかないところでじわじわと干しあげられていったのかもしれない。しかしジャニーズ事務所は少なくとも自身と他の所属タレントのイメージを損なうことを防ぐことはできた。マネジメントの失敗により、ジャニーズ事務所はSMAPはじめ所属タレントの「商品価値」を毀損し、ひいては事務所自身の価値を下落させた。上場企業であれば株主から経営者の責任が追及されても仕方がない事態である。

(「ジャニーズ事務所の社会的責任」その3に続く…多分)

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